四方拝 祈祷会
節分会(2月3日)
帝釈天出現祈祷大法要
「本化別頭仏祖統記」によりますと、七世日到上人の時、享保四年(1719)七月に水神様のお堂が建立されたとあります。

水神様のお堂での祈祷の後、帝釈天境内の御神水にご祈祷します。

檀信徒総供養
施餓鬼会 み霊まつり
 立春の前日の節分に「節分追儺式」とか「節分会」「追儺会」といって法要を行うが、もとは節分と追儺式とは別のものである。立春・立夏・立秋・立冬など節季の前日を節分とよぶが、今日では立春の前日をさすようになっている。古来、東洋の暦では立春をもって正月としていた。立春が正月の〈節〉なので立春を含む朔望の朔(ついたち)を元旦とするのである。そこで節分を年越ともいって年占いや厄払いの行事を行っていた。邪鬼の侵入を防ぐために柊(ひいらぎ)やとべらを戸口にさし、悪臭をだすものを火であぶったりする風習がそれである。
 豆を打って邪鬼を追うのは室町時代になって始まった。豆打ちは鬼の目はじき、鬼の目刺しなどとともに邪鬼を追いはらう一つの手段であった。これは民間で行われてきた風俗が武家や公家に採入れたものである。現在節分追儺式といって節分に豆打ちをし、ところによっては鬼に扮した者を追いまわす行事は節分と追儺式とを併せて行っているのであろう。
 「豆まき」というときは、駆逐の意味ではなく作物の豊穣を祈念する予祝行事で、その豆を拾うのを「草取り」といっていることと、また、その豆を一二粒焼いて、その焼け具合で月々の天候を占う豆占いをしていることからも知られる。
(出典:日蓮宗事典より)

水神祭

十一月三日文化の日は恒例の水神様のお祭りです。朝から二天門の上に葛西ばやしの面々がお囃子をにぎやかに、山主を先頭に門前の神明会や朗読会の方々が従い、団扇太鼓を打ち鳴らし、金町浄水場脇の水神堂(写真下左)まで行進して、祈祷を行い、その後、帝釈天境内に戻り「御神水」の竜神様にそろって祈祷を行います。
 水神堂は昔、柴又村の人々が庚申の日に雨が降らないように、そして井戸水が涸れないようにと願って祀ったお堂といわれています。

花まつり稚児音楽練供養
お会式
 釈尊のご誕生を祝う聖日で、花御堂に安置された誕生仏に甘茶を灌ぎかけることから灌仏会(花まつり)ともいいます。<BR>
 当山ではお釈迦様のお誕生日を「釈尊降誕会 花まつり」として盛大な法要をとり行っております。
 当日ご参加のお子さまには、お稚児さんとしてお寺と門前とを行列を組んで練り供養をしていただき、お釈迦さまや帝釈天さまの御前にてこの日のお慶びを申し上げ、引き続き健康と知恵をお授けいただく祈願式を行います。